「マルチナ・ヒンギスの復活」
毎日新聞 長野宏美
4年ぶりの優勝は成らなかったが、ヒンギスはブランクを感じさせないプレーで観客を魅了した。
自分のいない3年3カ月の間に台頭したシャラポワを準決勝で圧倒すると、「言葉にできないほどうれしい。決勝まで進めると思っていなかった」と目を潤ませた。復帰して1カ月余り。進化し続けるテニス界で通用するか不安があったに違いない。だが、シャラポワ戦でその不安は完全に払拭されたのだろう。ヒンギスは「どんどん良くなっていくのを感じた。以前の自信が戻ってきた」と飛びきりの笑顔で語った。
待望の初対決。元女王は終始主導権を握り、世界4位のパワーを封じ込めた。サービスラインからほとんど後ろに下がらず、シャラポワの深いストロークをライジングで切り返した。シャラポワは「速い展開で苦しかった。どんなシチュエーションでもいいショットが返ってきた」と憮然とした表情。変幻自在にボールを操る「異次元の世界」を知って、確固たる自信が揺らいだのだろうか。シャラポワは動揺を隠せない様子だった。
早熟の元女王はなぜコートに戻ってきたのか? ヒンギスは復帰前のインタビューでこう語っている。
「ダベンポートがナンバーワンでいるし、ピアースは(05年の全仏、全米で準優勝するなど)素晴らしい年を送っている。モレスモもチャンピオンシップで優勝した。私がかつて戦った選手ばかりよ」
ヒンギスがツアーを離れた02年はウイリアムス姉妹が全仏、ウインブルドン、全米でタイトルを争い、「パワーテニス」が全盛だった。小柄で技巧派のヒンギスは、はじき飛ばされてしまった印象がある。16歳で世界ナンバーワンを手に入れた天才少女のプライドは傷つけられた。足首の故障を抱えながらの戦いに、気力を維持できなかったとしても不思議はない。
だが、ウイリアムス姉妹の時代は長くはなかった。続いて女王争いを繰り広げたクライシュテルスとエナンのベルギー勢も故障に悩まされた。“本命”のいない混沌とした時代に古株のダベンポートが女王に返り咲き、17歳のシャラポワがウインブルドンを制した。ヒンギスは自分にもチャンスはある、と感じたのだろう。
一時は「限界」を感じ、「自由な生活」にあこがれたとしても、ツアーでの緊張感や充実感に匹敵するものを見つけるのは容易ではない。大舞台の高揚感を知ったヒンギスならなおさらだ。
「テニスのない生活をさびしく思った。30歳や35歳になって後悔が残っていたら、これほど悲しいことはない」と語っている。まだ25歳。心身ともに再チャレンジできるだけの余力は残っていた。
決勝はディメンチェワの攻撃的なストロークと小技に我慢しきれず、拙速なプレーで自滅した。復帰の手応えとともに、高い集中力の維持という課題も突き付けられた。
多彩なプレーと茶目っ気たっぷりの物言いでコートの内外で人々を魅了するヒンギス。「完全復帰」はそう遠くないはずだ。