知ってほしいドーピングの知識(その3):
(財)日本テニス協会発行「JTA NEWS」Vol.54/55合併号,1999.1.20より

 
日本テニス協会ドーピングコントロール委員会
  横浜国立大学教授
蝶間林 利男
  聖マリアンナ医科大学教授
別府 諸兄
  助川クリニック院長
助川 卓行

 1998年の米国メジャー・リーグ(野球)では、注目する大きな出来事がありました。ロジャー・マリスの保持していた、年間のホームラン記録61本を37年ぶりに塗り替え、大活躍した人がいたのです。そうです。あのマーク・マグワイヤー選手(カージナルス)です。身長195センチメートル、体重112キログラムの巨体から繰り出すパワーは,他の有名な選手の存在もかすんでしまうほど目立つものがあります。彼のホームラン新記録の70本は、立派なものです。しかし、マグワイヤー選手の過去のホームラン記録を調べてみると、興味あることがわかりました。1993年と94年には、なんとホームランを、たった9本ずつしか打っていないのです。ところが、95年には39本、96年には52本、97年には58本と、1995年を境にして突然に量産を始めたのです。どうしてなのでしょうか。もちろん、打撃フォームを変えたことも理由の一つですが、なんといっても、あの筋力(パワー)には、すごいものがあります。彼は自ら筋力増強剤の使用を認めています。米国は不思議な国です。アンフェアなことに対しては、たいへん厳しく主張する一方で、ヒーローに対しては社会やマスコミは、寛容なのですから。大リーグでは、ドーピング検査をしているという話は聞いていませんが、何かすっきりしません。

テニスとドーピング

 テニスは、陸上競技や水泳などの力学的にシンプルな競技とは異なり、もちろん筋力は必要ですが,単にパワーだけでは勝てません。より以上にメンタルな面や戦略、用具などの複雑な問題もからんできます。ですから、テニスなどでは、“ドーピングは縁がないよ”と思っている方も多くいます。ところが、薬物には筋力増強だけではなく集中力を高めたり、不安な気持ちを鎮め、気分を高揚する作用を有する薬もあるのです。残念なことに、テニス界においても、1992年のバルセロナ・オリンピック大会における競技別検査数の陽性率は、0.94%でした(ちなみに全競技の平均は0.76%)。また、オリンピック大会以外でも、四大大会などでは、ドーピング検査が普通に行われるようになり、1995年のフレンチ・オープン大会時にドーピング・テスト陽性になったビランデルやノバチェク選手などの有名選手も処分を受けています。日本の選手も海外での活躍に伴って、ドーピング・テストを受ける機会が増えています。意図的に薬を使用することはもちろんですが、本人の意志がなく、うっかりカゼ薬を飲んで陽性となっても、処分は受けます。ITFのルールでも、意図的であったがどうかは関係なく、陽性になったことで、制裁は決まるのです。ですから、選手をはじめ、コーチ、監督は、体のコンディションに注意するのと同じよううに、日常に口にする飲み物(栄養ドリンク)や食べ物(栄養食晶)にも自己の責任において気をつける必要があります。また、とくに常用している薬(目薬も含めて)や、漢方薬、カゼ薬などに禁止薬物が含まれている可能性があるわけですから、必ずスポーツドクターに相談してから使用しましょう。知らなかったことで、選手生命を絶たれる可能性もあるわけですから、ドーピングについては、スポーツのルールと同じように、よく知り、理解してほしいものです。

日本におけるドーピング検査の実施

 ドーピングの検査がスポーツのルールと同じような考え方になり、わが国においても例外ではなくなりました。1998年11月7日〜15日に行われた全日本テニス選手権大会(有明テニスの森)では、日本のテニス競技で初めてのドーピング検査が行われました。(詳報次号)日時、検査の対象人数、選び方などについては、JTAのドーピング・コントロール委員会において決定されています。ドーピングの検査は、あくまでも違反者の摘発ということに力を入れるのではなく、
 (1)多くの選手にドーピングについて注意を促すこと
 (2)ドーピングは、アンフェアなことであること
 (3)選手の健康を守ること
─が目的です。ドーピングの検査は、まじめに練習・トレーニングをしている選手たちの権利を守り、その苦労と努力に報いるために行われるのです。その結果、選手の健康が守られ、公平・公正な競技としてスポーツそのものを守り、さらに発展させていこうとしているのです。

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